群青 · AI時代のビジネス洞察

HTC:Androidの王者からVRへの転換、その栄枯盛衰のサンプル

創業:王雪紅(Cher Wang)、卓火土(Peter Chou)、周永明(Peter Chou) · HTC Corporation(宏達国際電子股份有限公司)

JOURNEY

主要項目

FIELD STAMPS
業界家電・ハード・半導体
地域中国(台)
規模巨大企業
チャネルその他

創業のきっかけ

1997年、王雪紅が父・王永慶の台塑集団(フォルモサ・プラスチックス・グループ)を離れ、VIA Technologiesで培ったチップ業界の経験を活かし、卓火土と共に桃園でHTC(High Tech Computer)を設立。当初はノートPCのODM受託製造のみを行っていたが、すぐにPDAやハンドヘルドデバイスの設計へ転換した。創業時、台塑一族からの支援はなく、資金は自身のVIA株の収益から捻出された。この独立独歩の気風が、HTCに創業時からギャンブラーの性質を与え、後のシステム転換に向けた賭けの伏線となった。

成長のマイルストーン

1998年
PDA受託製造 成長
1998年、世界初のPalm-size PC「Kangaroo」を発売。CompaqのiPAQやDellのAximなどのブランド向けにWindows Mobile PDAの受託製造を開始し、ODMで急速に売上を拡大。2005年には売上高22億ドルに達し、BusinessWeek誌により世界で最も急成長したテクノロジー企業に選出された。
2006年
自社ブランド 転換
Dopod Internationalを買収し、HTC TyTNを発売。ODMから自社スマホブランドへと正式に転換した。これはHTCにとって最も重要な戦略的決断であり、裏方から表舞台へ出て、AppleやSamsungとの直接対決が始まった。
2008年
Android初参入 PMF
Open Handset Allianceの創設メンバーとして、世界初のAndroidスマートフォン「HTC Dream(T-Mobile G1)」を発売。他社に先駆けてAndroidエコシステムの初期の恩恵を享受し、その後のHTC HeroやHTC Desireで初期Androidフラッグシップの基準を確立した。
2011年
市場シェアの頂点 成長
第3四半期、HTCは米国スマートフォン市場で24%のシェアを獲得し、Samsung(21%)やApple(20%)を抜いて1位となった。世界出荷台数は約5000万台、時価総額は1兆台湾ドルを突破し、株価は1300元に達した。Interbrandのグローバルブランドランキングでは98位にランクインし、GSMAから「年間最優秀デバイスメーカー」に選出された。王雪紅がこの時期に発した「HTCは中国人が創業したブランド」という発言は、台湾でボイコット騒動を引き起こした。
2012年
シェア崩壊 失敗
2012年、AppleとSamsungによる上下からの挟み撃ちに遭う。Appleは特許訴訟で販売禁止を求め、SamsungはGalaxyシリーズの潤沢なマーケティング予算で圧倒した。HTCの米国シェアは24%から2013年2月には9.3%まで急落し、欧州市場でも急速に失速。CEOの周永明は幹部に対し「HTC One M7が失敗すれば、私は辞任する」と軍令状を突きつけた。
2013年
マーケティングの失敗 失敗
HTC One M7は多くのデザイン賞を受賞したが、サプライチェーンの遅延により発売がずれ込み、四半期利益は前年同期比98.1%減となり、過去最低の利益を記録。王雪紅は「quietly brilliant(静かなる輝き)」という控えめな路線を掲げ、10億ドルを投じてロバート・ダウニー・Jrを起用した「Here is to Change」キャンペーンを展開したが、マーケティングの混乱と流通不足により、良い製品を売ることができなかった。同年、中国大陸で発売したOne Sでプロセッサをダウングレードしたことが差別的扱いとして炎上し、ブランドへの信頼が崩壊した。
2015年
VRへの賭け 転換
2015年3月、Valveと提携してVRヘッドセット「HTC Vive」を発表し、仮想現実市場に本格参入。これは大博打だった。スマホ事業が赤字を垂れ流す中、限られた現金をまだ存在しない大衆市場に投じた。同年6月と10月の決算でも純損失が続き、株価は2011年比で90%下落した。
2017年
Googleへの売却 転換点
2017年9月21日、Googleが11億ドルでHTCの研究開発チームの約半分(Pixelスマホ開発に関わった約2000名)および非独占的特許ライセンスを買収し、2018年1月30日に完了した。HTCはAndroidの初期エンジニアを育て上げたが、最終的には彼らをGoogleに売却せざるを得ず、残ったチームでVRと少数のスマホ開発を継続することになった。
2019年
連続赤字 失敗
2019年の年間売上高は100.1億台湾ドル、純損失は94.1億台湾ドル、従業員は4578人にまで減少。9月にはOrangeの元幹部Yves MaitreをCEOに招聘し、ブロックチェーンスマホ「Exodus」や「5G Hub」で新たな成長点を探ったが、2020年9月にMaitreが個人的理由で退任。王雪紅が再びCEOに復帰し、会社は長期的な赤字生存モードに入った。
2024年
極小化 失敗
2024年の年間売上高はわずか30億台湾ドル、純損失は34億台湾ドル、従業員は約2079人。スマホ事業は事実上停止し、ViveヘッドセットもMeta Questシリーズの低価格攻勢に苦戦している。HTCはかつてのスマホ世界王者から、親会社の産業資産と細々としたVR受注で維持される抜け殻のような存在となった。

転換点

  • 2006年のDopod買収と自社ブランド立ち上げ。裏方の受託製造から表舞台へ出て消費者に直接向き合うようになったことが、HTCの運命の分かれ道となった。
  • 2008年、世界初のAndroidスマホ「HTC Dream」を先行発売。エコシステムの最大の恩恵を受けたが、同時にAppleの特許訴訟の最大の標的となった。
  • 2017年、研究開発チームの半分を11億ドルでGoogleに売却。スマホ事業が事実上主流競争から撤退し、会社の運命がAndroidエコシステムから初めて切り離された。
  • 2020年、王雪紅がCEOに復帰しVive VRに全面ベット。スマホ企業からVR/ARを存続の核とするハードウェア小企業へと変貌した。

失敗とつまずき

  • 2012年以降、米国市場シェアが24%から2.3%へ崩壊。最大の理由はAppleとSamsungのマーケティング軍拡競争に勝てなかったこと。控えめなブランド戦略は、圧倒的な競合の前で完全に無力化した。
  • 2013年、HTC One M7のサプライチェーン遅延による初動の失敗。四半期利益が98%暴落し、CEO周永明の軍令状も果たせず、優れた製品が運営の不手際で潰された。
  • 2011年から2013年にかけてのAppleとNokiaによる特許訴訟の連鎖。法務リソースを浪費し、米国国際貿易委員会(ITC)から一部デバイスの販売禁止命令を受け、Appleと和解したものの、すでに体力を消耗していた。
  • 2012年、王雪紅が中国での講演で「HTCは中国人が創業したブランド」と述べ、台湾では「台湾ブランド」と言い直したこと。両方から反感を買い、地政学的・アイデンティティの面で二枚舌を使ったことが消費者の感情を直接的に損なった。
  • 2012年のOne Sでの中国大陸向けプロセッサのダウングレードや、2016年のHTC 10での大陸向け廉価版の販売など、大陸市場への差別的対応を繰り返し、信頼が完全に崩壊した。
  • 2018年に高額で招聘したCEOのYves Maitreがわずか1年で退任。HTCが国際的な経営人材を惹きつけ、維持する力を失ったことを示し、戦略実行が空回りするようになった。

关键成功要素

  • Android先行の優位性:Open Handset Allianceの創設メンバーとして、Androidエコシステムの初期の恩恵を享受し、差別化されたデザインで初期のフラッグシップの基準となった。
  • ODMからブランドへの戦略的勇気:2006年に利益の安定していた受託製造から、自社ブランドで消費者に直接挑む道へ踏み出したことは、台湾のハードウェアメーカーとしては稀なブランド化への大博打だった。
  • インダストリアルデザインの遺伝子:HTC One M7のフルメタル一体型ボディは、業界全体が模倣するデザイン言語となり、デザイン能力はHTCの資産の中で唯一、外部から継続的に評価されたものだった。
  • GoogleおよびValveとの深い結びつき:勝てなければ仲間になる。チームをGoogleに売り、VRの賭けをValveに託すことで、パートナーに依存して生き延びた。

教訓

  • 良い製品が必ずしも良いビジネスになるとは限らない。HTC One M7はデザイン賞を受賞したが、サプライチェーンとマーケティングが追いつかず利益が98%暴落した。ハードウェアブランドは工場から店頭までの全工程が勝負であり、単なるデザインの良さだけでは救われない。
  • マーケティングの軍拡競争に勝てないなら、無理に参戦すべきではない。ロバート・ダウニー・Jrへの10億ドルの投資は、AppleやSamsungの数十億ドルの投下予算の前ではかき消された。リソースの誤配の典型例である。
  • 地政学的に敏感な市場で二枚舌を使うのはブランド自殺行為。同じブランドが地域によって主張を変え、中立を装うことで両方から嫌われた。HTCが大陸市場で急速に周辺化したことと直結している。
  • 新領域に賭けるなら、冬を越すための蓄えが必要。HTCはスマホ事業が赤字を垂れ流す中でViveに現金を投じた結果、どちらも中途半端になった。VRは未だ大衆市場化しておらず、スマホはほぼ消滅した。
  • ODMの遺伝子は、自然にブランドの遺伝子へ進化するわけではない。ODMはエンジニアリング効率とコスト管理を競うが、ブランドは流通、マーケティング、サプライチェーンの交渉力、ユーザーの心象を競う。HTCは転換後、後者の4項目でシステム的な対応が遅れた。

主要データ

  • 米国市場シェアのピーク:24%(2011年第3四半期)(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 株価のピーク:1300台湾ドル(2011年)(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2019年売上高:100.1億台湾ドル(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2019年純損失:94.1億台湾ドル(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2024年売上高:30億台湾ドル(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2024年純損失:34億台湾ドル(公開資料ベース、独立検証なし)
  • Google買収額:11億ドル(2017年、チーム+特許)(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2019年従業員数:4578人(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2024年従業員数:約2079人(公開資料ベース、独立検証なし)
  • 2018年米国市場シェア:0.5%未満(公開資料ベース、独立検証なし)

競合・同業

全盛期の直接のライバルはAppleとSamsungで、両社は特許訴訟とマーケティングの圧倒的な力でHTCを両面から追い詰めた。中国大陸市場ではHuawei、Xiaomi、OPPO、vivoの低価格・高スペック競争に巻き込まれた。VR転換後は、Meta Questシリーズ(低価格とFacebookエコシステムによる圧倒)や、後発のPICO、そして2024年に参入したApple Vision Proが主な競合。2026年現在、スマホ市場ではすでに撤退しているため競合は存在せず、VR分野ではViveの企業向け受注でわずかな存在感を維持している。